大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和43年(ワ)942号 判決

原告

芦田正太郎

ほか一名

被告

特急運輸株式会社

主文

一、被告は、原告芦田正太郎に対し金一〇九万〇、五八六円および内金九四万〇、五八六円に対する昭和四三年四月三日から、内金一五万円に対する昭和四四年一〇月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を、原告芦田俊子に対し金一〇七万四、四一〇円ならびに内金九二万四、四一〇円に対する昭和四三年四月三日から、内金一五万円に対する昭和四四年一〇月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、原告らの申立

「被告は、

(一)  原告芦田正太郎に対し金二九三万七、一九五円

(二)  原告芦田俊子に対し金二七六万三、七八七円

および右各金員に対する昭和四三年四月三日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告の申立

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、原告らの請求原因

一、事故の発生

(一)  発生日時 昭和四三年四月三日午前一〇時四〇分頃

(二)  発生場所 札幌市北六条西一〇丁目仲通道路上(以下「本件道路」という。)

(三)  事故車 普通貨物自動車札一あ七九〇五号(以下「本件自動車」という。)

(四)  運転者 岡田覚(以下「岡田」という。)

(五)  被害者 芦田千寿(以下「千寿」という。)

(六)  事故の態様 岡田は、本件道路上を本件自動車を運転して西から東へ向けて後退中、同道路を南側から北側に横断しかかつた千寿に接触し、このため同女の顔右半分をえぐり取り、同所において同女を脳挫減により即死させた。(以下、右事故を「本件事故という。)

二、被告の責任原因

被告は、本件自動車を所有し、本件事故当時岡田にこれを運転させ、被告の業務のために運行の用に供していたものであるから、本件自動車の運行供用者として、その運行によつて生じた千寿および原告らの後記損害を賠償する義務がある。

三、損害

(一)  千寿の損害

(1) 得べかりし利益の喪失

千寿は、昭和三八年一二月九日生れ(当時四歳四か月)の女児で、本件事故にあわなければ原告らの社会的地位、収入等からして長じて高等学校を卒業し、遅くとも満一九歳から満五五歳まで稼働し、その間各年令に応じて別紙計算表の(1)(2)欄記載の旧中学、新制高校卒業以上の学歴を有する女子の平均給与額(労働省労働統計調査部編「昭和四二年賃金センサス」第一巻七七頁による。)を下らない収入を得ることができたはずであるが、右収入の五割の金額を生活費として費消するとしてこれを右収入から控除した別紙計算表の(5)記載の純収益を前記の期間にわたつてあげることができたはずである。ところが同女は本件事故による死亡によつて右純収益を失なつた。そこで、同女において本件事故の時点において右逸失利益金額の支払をうけるものとして、ホフマン式計算法により年毎に前記稼働期間中の収益から年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は三八〇万〇、八四四円となる。

(2) 原告らの相続

原告芦田正太郎(以下、「原告正太郎」という。)は、千寿の父、原告芦田俊子(以下、「原告俊子」という。)はその母で、相続によりそれぞれ千寿の権利の二分の一を承継した。

(二)  原告らの慰藉料

千寿の両親である原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は各金二〇〇万円が相当である。すなわち千寿は本件事故当時四歳四か月の美貌と聡明さに恵まれた可愛い盛りの子で、発育もよく、幼稚園の入試にも合格して本人はもとより原告らも幸福感にひたつていた時であり、原告らは千寿の将来に期待するところがあつた。ところが同女は本件事故により見るも無惨な死を遂げ、これをみた原告らの精神的苦痛は筆舌に尽し難いものであつた。

(三)  原告正太郎の財産的損害

(1) 葬儀費用

原告正太郎は千寿の葬儀費用として、被告の負担したもののほか、自ら七万三、四〇八円を支出した。

(2) 弁護士費用

原告正太郎は、本件訴訟の弁護士費用として札幌弁護士会所属弁護士広井淳、同広井喜美子に合せて、着手金一〇万円を支払つたほか、右両名に成功報酬二〇万円を支払う旨約した。

(四)  原告俊子の財産的損害

原告俊子は、本件訴訟の弁護士に対する成功報酬として右広井淳、広井喜美子に対し、二〇万円を支払うことを約した。

(五)  自賠責保険金の受領

原告らは、自動車損害賠償責任保険金として各一三三万六、六三五円ずつ、合計二六七万三、二七〇円の給付をうけたので、これを前記原告らの慰藉料に各充当した。

四、よつて被告に対し、原告正太郎は、千寿の得べかりし利益の喪失による損害の承継分として一九〇万四二二円および慰藉料残金六六万三、三六五円および葬儀費用、弁護士費用として合計三七万三、四〇八円(以上合計二九三万七、一九五円)、原告俊子は千寿の得べかりし利益の喪失による損害の承継分として一九〇万四二二円および慰藉料残金六六万三、三六五円および弁護士費用二〇万円)以上合計金二七六万三、七八七円)、ならびに右各金員に対する不法行為の日たる昭和四三年四月三日より各支払ずみまで民事法廷利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

第三、請求原因に対する被告の答弁及び抗弁

一、答弁

請求原因一の事実はすべて認める。同二の事実のうち、被告が原告らに対し損害賠償義務を負うとの点を除き、その他の事実は認める。同三の(一)(1)の事実のうち、千寿が昭和三八年一二月九日生れ(当時四才四か月)の女児で、原告らの社会的地位収入などより長じて高等学校を卒業しうべきことは認めるが、その他の事実は争う。すなわち、千寿はその能力、家庭環境から考えれば通常二五才までには結婚して、家庭の主婦になつた筈であるから、二五才から五九才までの勤労婦人としての逸失利益を損害として主張することは妥当でない。また仮りに原告ら主張の計算根拠が妥当であるとしても、原告らは千寿の死亡により、死亡時から同女が稼働して前記収入をうるに至る満一八才までの一四年間の生活費(一か月一万円)の支出を逸れたわけであるから、原告らの損害額から右生活費を当然控除すべきである。

請求原因三の(一)(2)および(五)の事実は認めるが、(二)の事実は争う。同項(三)および(四)の事実は不知である。

二、抗弁

(一)  自賠法三条但書に基づく免責

(1) 被告および運転者岡田は、本件自動車の運行に関し注意を怠らなかつた。すなわち、被告は、岡田の選任およびその事業の監督について相当の注意を支払つていたし、また岡田は本件自動車を後退させる際、歩行者の安全を確認するなどし、注意を怠らなかつた。

(2) 被害者らに過失があつた。すなわち、千寿は、男の子との遊びに夢中で、後退中の本件自動車の直前を不注意にも通り抜けようとして右自動車と接触したものである。また原告らは、千寿を監督保護する義務があるのにこれを怠り充分監護しなかつた過失があり、本件事故は原告らの右のような過失によつて発生したものである。

(3) 本件自動車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。

(二)  過失相殺

仮りに被告に損害賠償義務があるとしても、前記(一)(2)で述べたように、千寿や原告らに過失がある以上、原告らの損害賠償額の算定につき、過失相殺を為すべきである。

第四、抗弁に対する原告らの答弁

抗弁事実はすべて否認する。

第五、証拠関係〔略〕

理由

一、本件事故の発生および被告の責任原因

請求原因一(本件事故の発生)および同二(被告の運行供用者たる地位)の各事実は、いずれも当事者間に争がない。

二、自賠法三条但書に基づく免責の成否

そこでまず、被告の無過失等に基づく免責の抗弁について検討する。

被告は、運転者岡田が本件自動車を後退させる際歩行者の安全を確認などし全く過失がなかつた旨主張するが、本件全証拠によつても右事実を認めるに足りない。かえつて、〔証拠略〕を総合すると、岡田は本件事故の直前に本件自動車を運転して本件道路を東進し、本件事故現場を一旦通りすぎて右道路の東端にある友藤商店に向つたが、その時、右事故現場附近の岡元宅北側には、千寿と男の子が手をつないで立つていたのにこれに気付かなかつたこと、岡田は、貨物積載の都合から、本件自動車の方向転換を企て、そのまま自車を後退させて本件道路から右岡元家東横の小路に入り、次いで前進して本件道路に車輛前部を西向きにして進入し、さらに東方向に後退しようとしたが、右道路附近には前記のように千寿ら二人の子供が居り、右小路より本件道路に歩行者が進入してくることは充分予測されるのであるから、このような場合自動車運転者としては、絶えず自車の左右後方を充分注視し、周囲の歩行者等の有無を確認しながら後退すべき注意義務があるのに、岡田は発進直前に左右のフエンダーミラーと運転席のバックミラーとによつて車の左右および後方を確認したうえ、発進したものの、その後は、左後向きの姿勢で後部窓から後方を振返つてみていただけで自車の左右に対する注視を充分しないまま漫然と東に向け後退したため、おりから自車後方で本件道路を南から北に向い横断しようとしていた千寿らに全く気づかず、同女に自車左後輪を接触させて路面に押し倒したうえ、その頭部を左前輪で轢過し、そのころ同所において同女をして脳挫減により死亡するに至らしめたことを認めることができ、右認定に反する〔証拠略〕は、前掲各証拠に対比して採用できない。

そして、右事実によれば、本件事故は岡田の後述の際の左右後方に対する安全確認義務違反の過失に起因することが明かである。したがつて被告の自賠法三条但書に基づく免責の抗弁は、その他の点について判断するまでもなく失当といわざるを得ない。

三、損害

そこで本件事故により被つた千寿および原告らの損害について検討する。

(一)  千寿の損害

(1)  稼働能力喪失による損害

およそ人間は現実に就職していると否とにかかわらず、通常は一定期間稼働能力を有するし、また有するに至るものである。そして稼働能力は一般の商品のような交換的価格を有するものではないが、労働契約における賃金などのかたちで評価できる財産的価値を有するものであるから、生命侵害によつてその稼働能力を喪失した者は、現実に就職していて財貨を獲得していたと否とを問わずこのような能力の喪失自体を損害としてこれを金銭的に評価した金額につき損害賠償請求権を取得するものというべきである。そして幼児も通常将来稼働すべき能力を潜在的に有するから、生命侵害によつて右能力を奪われることにより同様の損害を被るものということができる。

ところで、稼働能力の経済的価値は、被害者が現に就職している場合および就職することを高度の蓋然性をもつて予測しうる場合は、現実に取得し、または取得するものと予測される賃金を基準として算定するのが相当であり、また被害者が家事労働に従事する主婦のように差当つて就職を予定していないようなものにあつても、その者が就職した場合に取得することが予想される控え目な資金を基準として算定するのが相当であるから、結局稼働可能期間中の賃金総額から生活費を控除した純収益がこれにあたるとみることができる。以下このような見地の下に千寿の損害額を算定する。

(イ) 千寿が本件事故当時四才四か月(昭和三八年一二月九日生)の女児で、原告の社会的地位、収入などよりすれば長じて高等学校を卒業しうべきことは当事者間に争がなく、〔証拠略〕を総合すると、同女の本件事故当時の発育状態は標準程度であり、記憶力もよく、健康であつたこと、原告らは同女を将来少くとも高等学校までは卒業させるつもりでいたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。また、第一一回生命表によると、昭和三五年度における満四才の女子の平均余命が六八か六九年であり、厚生省大臣官房統計調査部編「人口動態統計」によると、近時の女子の平均初婚年令が二四、五才であることは裁判上顕署な事実である。したがつてこれらの事実に現今大多数の求婚女性が学業終了後就職している事態を総合勘案すると、千寿は本件事故に遭遇しなければ、満七五年まで生存し、高等学校を卒業して就職し、二五才に達する頃には結婚したであろうことが推認される。

ところで、有職の未婚女性が結婚後も引き続きある期間その職にとどまることは稀ではないが、一方結婚を機会に退職する者も数多くいることも我々の見聞するところである。現に労働省労働統計調査部綴昭和四二年賃金センサス(以下「労働省統計」と略称する。)第一巻第一表によると、旧制中学ないし新制高校卒業以上の学歴を有する二五才以上二九才以下の女子労働者が二〇才以上二四才以下のそれに比してきわめて少ない(前者は後者の約三〇・八パーセント)ことは裁判上顕著な事実であるし、この事実に前記認定の女子の平均初婚年令が二四、五才であることなどを考え合せると、旧制中学ないし新制高校卒業以上の学歴を有する(またはそれが予想される)未婚の女子の稼働能力をできるだけ確実にかつ控え目に評価するためには、これら女子は結婚に際して退職し、主婦として家事労働に従事するものとして取扱うのが相当である。

そこでまず千寿が就職したものとして評価すべき一九才から二四才の終了時までの損害を算定することとする。前掲労働省統計第一巻第一表によると、昭和四二年度の旧中学・新制高校卒業以上の学歴を有する一九才の全国全産業(労働者一〇人以上を雇用する事業所におけるもの、以下、同じ。)の女子労働者の平均月間給与額が一万八、六〇〇円であり、特別に支払われた平均年間給与額が一万九、一〇〇円であること、および右の学歴を有する二〇才ないし二四才の全国全産業の女子労働者の平均月間給与額が二万二、四〇〇円であり、特別に支払われた平均年間給与額が七万一、〇〇〇円であることは裁判上顕著な事実であるところ、千寿は前記のとおり心身ともに正常な発育状態にあつたのであるから、一九才から二四才までの給与額は少なくとも右各平均給与額を下廻ることはないと推認される。他方、同女の生活費は、原告らが自認する全収益の五〇パーセントが相当と認められる。したがつて同女は、前記期間中毎年平均月間給与の年間額と年間特別給与額との合算額(これを同女の年間賃金といいうる。)の半額にあたる純利益をあげることが出来たはずであるから、これをその死亡時において一時に請求するものとして年令の端数を切捨てて満四才としたうえ右収益から複式ホフマン計算法(ホフマン係数は小数点五位以下切捨。以下、同じ。)に基づき年毎に年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、その現価は五〇万三、五三五円となる。

{(18600×12+19100)×0.5×(115363-109808)+(22400×12+71000)×0.5×(14.1038-11.5363)=503535}

(ロ) そこで、次に千寿が結婚後もつぱら家事労働に従事すると推認される二五才以降の損害額について検討すると、家事労働に従事する主婦の稼働能力は必要に応じて、いつでも自家の家事以外の労働に従事し、賃金等の収入をあげ得る能力をいうものと考えるのが相当であるが、高度の蓋然性をもつて就職するものと予測される場合の稼働能力とは異り、その性質上勤続年数に基づく昇給および毎月の定期給与以外の特別給与は、考慮外においてこれを評価すべきものと考える。

ところで、前掲労働省統計第一巻第二表によると、昭和四二年度における旧中学・新制高校卒業以上の学歴を有する女子労働者の平均月間給与額が二五才以上二九才以下は二万一、二〇〇円、三〇才以上三四才以下は一万九、五〇〇円、三五才以上三九才以下は一万九、二〇〇円、四〇才以上四九才以下は一万九、七〇〇円、五〇才以上五九才以下は一万九、二〇〇円(いずれも勤続年数を零とした場合)であることは裁判上顕著な事実であり、一方千寿が前認定のような発育状態にあることからすれば、同女は少なくとも二五才から六〇才に至るまでの稼働可能期間(なお、稼働可能期間につき原告の主張以上のものを認定しても弁論主義に反するものとは考えない。)中前記の平均給与額のうち、最低の一万九、二〇〇円を下廻らない給与を取得しうる稼働能力を有し得たものと推認できるところ、他方その生活費は原告らが自認する給与の五〇パーセントが相当と認められる。したがつて千寿は右期間中毎月九、六〇〇円の純収益をあげえたはずであるから、これを死亡時において一時に請求するものとして右収益から複式ホフマン計算法に基づき年毎に年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、その現価は一四〇万九〇八〇円となる。

{17200×12×0.5×(26.3354-14.1038)=1409080}

(ハ) 被告は、千寿の稼働開始までの同女の生活費(養育費)を、原告らの損害額から控除すべきであると主張している。しかし、千寿の前記損害は、同女について発生したものであるのに対し、右養育費に関する利得は、原告らについて生じたものであるから、後に千寿の前記損害賠償請求権が原告らに相続させるとしても、右利得を千寿の前記損害額から控除すべき根拠はない。

よつて千寿の稼働能力喪失による損害の合計は、一九〇万二、六一五円である。

(2)  相続

原告らが千寿の父母であつて、相続によりそれぞれ千寿の権利の二分の一を承継したことは、当事者間に争がない。したがつて、原告らは千寿の前記の稼働能力喪失による損害賠償請求権を二分の一(九五万一、三〇七円)ずつ承継したものである。

(二)  原告らの慰藉料

〔証拠略〕によると、千寿は、原告両名の長女であり、原告らの間には、ほかに当時七才四か月の長男がいたこと、原告らが本件事故直後現場にかけつけたとき、千寿の頭の上半分がえぐり取られ、脳髄が飛び出しているのを見て、原告俊子は遺体の上におおいかぶさつて泣き、原告正太郎は暫らく唖然としていた後、怒りの気持にかられて運転手を捜し廻つていたこと、原告正太郎は、千寿を亡くしたことにより、しばらくは仕事も手につかず、食事ものどを通らない程の衝激をうけ、原告俊子も、四九日が済むまでは毎日千寿を連れ戻したい気持で毎日事故現場に花と線香を供えていたが、その後はわが子を失つた悲しみをこらえて毎日の生活を送つてきたことなどを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

このような原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は、後に認定する被害者側の過失を斟酌すると、各自一五〇万円が相当である。

(三)  原告正太郎の財産的損害

(1)  葬儀費用

〔証拠略〕によると、葬儀費用としては、被告が自賠責保険金から三二万九、七八〇円を支払つたほか原告正太郎が、千寿の葬儀に際して、火葬料、祭壇の装飾、照明具代、仏具代、供物代、弔問客に対する供応費、ハイヤー料金、写真代、さらし代、あいさつ状郵送料、葬儀の手伝いの人々に対する謝礼など合計七万三、四〇八円を支出したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、葬儀費用は被害者および遺族の社会的地位、職業資産状態、生活程度等を勘案して死亡者のため通常と認められるべきものに限り、当該事故と相当因果関係に立つ損害として加害者側の負担とすべきものと考えるところ、〔証拠略〕によると、同原告は本件事故当時株式会社明光堂鉄工場の札幌営業所長で、約一〇万円の月給をえていたこと、千寿の葬儀は被告側で規模等を決め、その費用の大部分を前記のとおり被告側が支払つたことが認められ、右事実に前記認定の千寿の年令等を総合勘案すると、被告および原告正太郎の支出した前記葬儀費用のうち三五万円が本件事故と相当因果関係にある損害ということができる。したがつて、右金員からすでに被告が自賠責保険金から支払つた三二万九、七八〇円を控除すると葬儀費用の残額は、二万〇、二二〇円となる。

(2)  弁護士費用

〔証拠略〕によると、原告正太郎は本件訴訟の追行を弁護士広井淳、同広井喜美子に委任し、右弁護士らに着手金として金一〇万円を支払つたほか、成功報酬として金二〇万円を支払う旨約したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そして本件訴訟の難易の程度、原告正太郎の請求認容額(弁護士費用を除く。)その他一切の事情(後記の過失相殺も考慮。)を勘案すると、以上の弁護士費用うち一五万円は本件事故と相当因果関係がある損害というべきである。

(四)  原告俊子の財産的損害(弁護士費用)

〔証拠略〕によると、原告俊子は、本件訴訟の追行を弁護士広井淳、同広井喜美子に委任し、右弁護士らに成功報酬として金二〇万円を支払う旨約したことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして本件訴訟の難易の程度、原告俊子の請求認容額(弁護士費用を除く。)その他一切の事情を勘案すると、右弁護士費用のうち一五万円は、本件事故と相当因果関係にある損害とみるべきである。

四、過失相殺

そこで進んで被告の過失相殺の抗弁について判断する。

(一)  千寿本人の過失

〔証拠略〕によると、千寿は岡田の運転する本件自動車が本件道路を西から東に向つて後退しつつあつたにもかかわらず、男の友達と一諸に、右道路の交通の安全を確認することなく横断しようとしたことが、岡田の前記過失とともに本件事故の一因をなしていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで被害者の過失を過失相殺として斟酌するには、その者が行為の責任を弁識するに足りる知能をそなえていることまでは必要ないが、交通の危険を弁護し、これに対処しうる能力を有することが必要であると解すべきところ、前記のとおり、同女は本件事故当時幼稚園入園直前の四才四か月の幼児であつたから、同女が単独で道路を横断するに際し、交通の危険を弁護し、これに対処しうるよう安全を確認して行動すべき判断力をそなえていたものと認めることはできない。尤も、〔証拠略〕によると、千寿は記憶力がよく、原告俊子と買物に行くときなど、時には道路を横断する際に手を上げたり、或いは道路横断用の小旗を自分で取つてこれを示しながら歩く程気をつけていたこともうかがわれるが、同女の年令および本件事故現場における行動等に鑑み、右の事実をもつて同女が交通の危険を弁護する能力を有したものと推認することはできない。したがつてこの点にかんする被告の主張は失当である。

(二)  原告らの監督義務者としての過失

〔証拠略〕によると、千寿は本件事故直前に、原告俊子の許しを得て友達の男の子と共に外に遊びに行き、さらに本件道路の北側にある他の友達の家に行くため、本件道路の南側に接する小路附近から本件道路を横断しはじめた時に本件事故に遭遇したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場附近は住宅地であり、また本件道路の東側には北西から東南に国鉄函館本線が走つているため右道路東側が行き止りになつているので、本件道路の車輛の交通は少なく、本件道路東端に位置する友藤商店および加藤商店関係の車輛が通行する程度であつたが、本件道路の西側は、交通量の非常に多い西一一丁目通りに接しており、右通りから、本件道路に進入してくる車輛も存在したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、親権者としては、その監護義務の行使として幼児たる子らに交通指導をするのみならず、適当な監護者を附することなく幼児を遊びに出した場合には、時々子の動静を監視し、その所在をたしかめ、交通状況に応じ屋内に呼び入れるなど、その監護下にある幼児を交通の危険から守るよう格段の配慮をめぐらすべきであるところ、〔証拠略〕によると、原告らは長男に交通の危険等について注意した際に千寿が傍にいて理解している様子だつたので、千寿に対しことさら交通指導をすることもなかつたこと、原告俊子の妹が原告らの家に手伝いに来ていた時にはいつも同女が千寿に付添つて外出していたけれども右妹が原告らの許から立去つてからは千寿の外出時の付添を必ずしも付していなかつたことが認められ、また本件事故当時原告らが、千寿に対し前記のような監護措置をとつたものと認むべき証拠はないから、原告らが親権者としての監護義務を充分果したものと認めることはできない。

そこで原告らの過失の程度を勘案すれば、原告らの財産的損害(弁護士費用を除く。)についてその二〇パーセントを過失相殺するのが相当であるから、原告正太郎の右損害額は七七万七、二二一円、原告俊子の右損害額は、七六万一、〇四五円となる。

五、自賠責保険金の控除

原告らが自動車損害賠償責任保険金として一三三万六、六三五円ずつの給付を受けたことは当事者間に争がない。また原告らが右保険金を原告らの慰謝料に充当したことは被告において明かに争わないので自白したものとみなすべきである。してみると、原告らの慰謝料残額は各一六万三、三六五円である。

六、結論

以上の次第であるから、原告正太郎の本訴請求中、同原告が財産的損害(弁護士費用を含む。)九二万七、七二一円および慰謝料残額(前記自賠責保険金を控除したもの)一六万三、三六五円、合計一〇九万〇、五八六円ならびに内金九四万〇、五八六円に対する本件事故発生の日である昭和四三年四月三日より、内金一五万円に対する本判決言渡の日の翌日である同四四年一〇月二五日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を求める部分は理由があるから認容し、その余の部分は失当として棄却し、また、原告俊子の本訴請求中、財産的損害九一万一、〇四五円、および慰謝料残額一六万三、三六五円合計一〇七万四、四一〇円ならびに内金九二万四、四一〇円に対する前記の本件事故発生の日から、内金一五万円に対する前記の判決言渡の翌日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき商法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤和夫)

計算表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例